豊橋の皆様へ プレスリリース
月のテーマ
2027年は、戦国時代の能楽師・観世元尚(観世左近太夫)が
東海道吉田宿で没してから450年
2027年、戦国の能楽師・観世元尚(観世左近太夫)没後450年 愛知・豊橋に伝わる能楽の歴史に
光を当て、地域文化財総合活用推進の始動をします。
2027年は、戦国時代の能楽師・**観世元尚(観世左近太夫)**が天正5年(1577)に没してから450年の節目にあたります。
豊橋市の龍拈寺には、「観世左近太夫の墓」「天正五年」と刻まれた墓碑が伝えられ、観世家との深い史跡として今日まで受け継がれています。
戦国時代、能は単なる芸能ではありませんでした。武将の心を鎮め、戦勝や平安を祈り、ときには軍略や外交の場にも用いられるなど、日本の精神文化を支える重要な役割を果たしました。
観世元尚が生きた時代は、徳川家康が三河を治め、天下統一へ向かう激動の時代です。その子は観世流の発展に大きく貢献し、江戸幕府の式楽としての能へと受け継がれていきます。
私たちは、2026年8月8日に開催する文化事業**「雪月花 待ち得て今ぞ 時に逢ふ」を、2027年の観世元尚没後450年**へつながる第一歩と位置づけています。
この節目を機に、豊橋・龍拈寺に残る歴史遺産を広く紹介するとともに、愛知が育んできた能楽と日本文化の価値を全国へ発信してまいります。
戦乱の時代、能楽師は何を守り、何へ伝えたのか。
没後450年を迎える今、その問いを改めて見つめ直し、地域に受け継がれた文化遺産の意義を多くの方々と共有したいと考えています。
雪・・・奥三河「古戸」から花祭の宮人の舞
祈ることが必然である受け継がれた山奥の暮らしえ
そこで語り継がれたことや伝承を聞く
花・・・常滑市 斎年寺所蔵・・国宝【慧可断臂図】/名古屋市 日泰寺所蔵「城を出る」釈迦について。
なぜ、今、芸術を再燃させるのか。 哲学者美濃部仁氏が、だれにもわかるように伝えます。
舞踊上演 【娘道成寺】・小ホールで演じられる花子は、蛇となり追いかける、何を追いかけたのか。
この事業のテーマが最後に大輪の花のように開く。