美濃部氏のことから
美濃部氏は「過去のすぐれた思想家に学びつつ、ものの意味や価値を一から考え直してみることは哲学の営みにほかなりませんが、ものの意味や価値をつきつめて考えて行くと何があらわれるかー」
【雪】修験者が【月】道を往来する【花】芸道の旅へ。
文章や言葉にするのを躊躇せざるを得ない時やものがある。
推論の根拠を成す、語りや言葉が見当たらないがしかし、会話の相手との連鎖反応に思わずひらめき、見え隠れする存在を感じることがある。
藝
豊橋市龍拈寺には世阿弥七代あと、観世元尚のお墓がある。天正五年と刻まれている。このような真実を知ることは私たちには、実は大切なことです。
世阿弥は、最もすぐれた藝術作品ないし藝境は、何よりも「真心=まこと」。その真心を最も巧妙に表現されていなければならない。
【月】能、観世流の武田文志氏。能楽師は、姿から心は、真をもっとも巧妙につたえなくてはならない。言葉にも文にもならないものに、私たちは無意識のうちに予備意思なるものを蓄えていく。
【花】娘道成寺における本歌取り
常滑市に斎年寺の雪舟作〈慧可断臂図〉(えかだんぴず)
慧可、腕を切る
達磨大使に「真なるもの」の教えを請うため左腕を切り落として決意をしめした慧可。
道成寺を私達は芸能における〈慧可断臂図〉として上演し紹介する。
【雪】人の記憶は薄れやがて喪失する。
しかし、喪失したかと思う記憶は身体に確かにのこされていく。